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東京地方裁判所 平成3年(ル)3206号 決定 1991年8月16日

当事者 別紙目録のとおり

請求債権 別紙目録のとおり

主文

一  債権者の申立てにより、上記請求債権の弁済に充てるため、別紙請求債権目録記載の執行力のある債務名義の正本に基づき、債務者が第三債務者に対して有する別紙差押債権目録記載の供託金還付請求権のうち、同目録(1)については供託金額金六八万三五七七円の限度で、同目録(2)についてはその全額を差し押さえる。

二  債務者は、前項により差し押さえられた債権について取り立てその他の処分をしてはならない。

三  第三債務者は、第一項により差し押さえられた債権について債務者に対し弁済をしてはならない。

四  債権者のそのほかの申立てを却下する。

理由

一事案の概要

(1)  債務者は、板橋区の職員(給食調理員)であったが、平成二年八月頃から行方不明となり、板橋区は、平成二年一二月一〇日債務者を免職処分とした。

(2)  板橋区は、平成二年一二月二一日債務者の給与等として金一六万七三三五円(別紙差押債権目録の(2))を、同年一二月二五日退職金として二七三万四三一〇円(別紙差押債権目録の(1))をそれぞれ弁済供託した。

(3)  債務者は、昭和三一年生まれ(現在三四歳)の独身者である。行方不明となる前に債務者と同居していた債務者の父親(六二歳)に対して、債務者から扶養を受けていたかどうかを書面で審尋したが、これに対する回答はない。債務者は、平成二年八月以降現在まで行方が分からず、上記供託金の還付請求をしていない。

(4)  債権者は、労働組合等労働者の団体の行う福利共済活動のために金融の円滑を図りその健全な発達を促進するとともに労働者の経済的地位の向上に資するために設立された金庫である。債務者に対する請求債権である本件貸金については、板橋区職員の組合が保証をしている。

(5)  債務者については、この供託金のほか差し押さえるべき資産を発見できない。

以上の事実関係のもとで、債権者は、供託金還付請求権の全額まで差押え範囲を拡張するよう求め、その理由として、次のように主張している。

ア  労働者の互助の目的を有する本件請求債権については、その取り立てを厳格にする必要がある。

イ  債務者の現況からみて、供託金全額を差し押さえられても生活の維持が困難となることはない。

ウ  差押え範囲を拡張することなく、供託金還付請求権について消滅時効期間が経過すると、供託金は国庫に帰属するが、そのような結果は、債権者に酷となる。

二当裁判所の判断

(1)  給与の供託金についての拡張の可否

上記一の事実関係によれば、債務者は、平成二年八月以降現在まで行方不明となっており、その間約一年、板橋区に対して毎月の給与の支払を請求したことはなく、また、供託された給与の還付を求めてもいない。このように債務者が相当期間にわたって給与の支払いを受けていないこと、及び債務者の年齢を考慮すると、債務者は、他に収入を得て生活を維持しているものと考えられる。そうすると、債務者の過去の時期の給与は、債務者の現在の生活を維持するのに必ずしも必要であるとはいえないものと判断される。

そして、上記一の事実関係によれば、債務者に扶養されて生活を維持してきた者があったとの事実は、認められない。

そうすると、他に差し押さえるべき財産のない本件では、請求債権の満足に充てるため、給与の供託金の全額まで、差押え範囲を拡張し、これを差し押さえることを許容するべきである。

(2)  退職金の供託金についての拡張の可否

上記一の事実関係によれば、債務者は、退職金についても、その支払いを請求せず、供託金の還付を求めていない。そのことからすると、退職金は、債務者の現在の生活の維持のためには、必ずしも必要がないものと考えることも可能である。しかし、一般的にいうと、退職金は、主として、労働能力が低下する老年期の生活を維持する必要から支払われるものである。したがって、債務者の現在の生活維持のために必要がないというだけでは、退職金に対する差押えの範囲を拡張する理由としては薄弱であるといわざるをえない。そして、このことは、請求債権が、債権者の主張するように労働者の互助を目的とするもので、その回収の必要度が高いものであっても、変わりはない。

さらに、債権者は、供託金の時効消滅の可能性を考慮するべきであるとする。しかし、供託金の消滅時効期間は、一〇年という長期間である。いまだ、その期間の一部が経過したにすぎない現在の段階で、債務者が供託金の還付を受ける機会を奪うには、それなりの理由が必要である。時効期間の満了を間近に控えている段階であるとか、失踪して長期間(民法では七年を失踪宣告の期間としている。民法三〇条一項)を経過しており、生死不明と考えられる状況にあるとかの段階においては、考慮に値するとしても、現在の段階では、時効消滅の可能性を考慮するべきではない。

上記一の事実関係からみると、債務者には、他に財産があるとの証拠はない。そうすると、本件の退職金の供託金が、その本来の目的である債務者の老年期の生活維持のために必要のない財産であると判定することはできない。

したがって、退職金の供託金について法律の定める差押えの範囲(四分の一)の拡張を求める債権者の申し立ては、採用できない。

(裁判官淺生重機)

別紙当事者目録

債権者 東京労働金庫

上記代表者代表理事 北川俊夫

上記訴訟代理人弁護士 尾﨑昭夫

同 額田洋一

同 川上泰三

同 新保義隆

債務者 五十嵐弘彦

第三債務者 国

上記代表者 東京法務局供託官

吉田宗弘

別紙請求債権目録

債権者と債務者間の東京地方裁判所平成三年(ワ)第三九八六号貸金請求事件の執行力のある判決正本に表示された下記金員

(1) 金一、七二六、五〇四円

(2) 金  一七一、〇三一円

但し、上記(1)の内金七〇〇、〇〇〇円に対する平成二年九月二一日から平成三年七月一五日まで年14.6%の割合による遅延損害金

及び、上記(1)の内金一、〇一六、〇七四円に対する同年一二月一一日から平成三年七月一五日まで年14.5%の割合による遅延損害金

の合計金

(3) 執行費用 合計金六、〇八六円

(内訳)

執行文付与手数料 金 三〇〇円

差押命令の申立手数料 金三、〇〇〇円

同 申立書書記料 金 三〇〇円

同 提出費用   金 四二二円

同 送達費用 金一、七六四円

資格証明書下附手数料       金 三〇〇円

合計 金一、九〇三、六二一円

なお、本件は東京地方裁判所平成三年(ヨ)第七九六号債権仮差押申立事件の本差押への移行である。

別紙差押債権目録

金一、九〇三、六二一円

但し、債務者が第三債務者に対して有する下記供託金還付請求権の合計のうち、上記金額に満つるまで。

(1) 供託者 東京都板橋区

被供託者 債務者

供託金額 金二、七三四、三一〇円

法令条項 民法第四九四条

供託番号 平成二年度金第一〇四二六八号

供託日 平成二年一二月二一日

供託所 東京法務局

(2) 供託者 (1)に同じ

被供託者 (1)に同じ

供託金額 金一六七、三三五円

法令条項 (1)に同じ

供託番号 平成二年度金第一〇五二三八号

供託日 平成二年一二月二五日

供託所 (1)に同じ

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